とうもろこしから創られた人間
〜ポポル・ウーフ神話より〜


とうもろこしの栽培化はメソアメリカ文明の発展と強く結びついています。今回は、そのとうもろこしから人間が創られたというマヤ・キチェ族の神話「Popol Vuh」(ポポル・ウーフ)の中から、人類創造の場面を紹介します。

闇の中にただ静かな海と限りなく広がる空のみがあった昔、初めに言葉が発せられました。水の中で光り輝いていた、天の心、地の心である創造主たちは話し合って、ついに自分達を養い、その糧を用意してくれるもの、自分達を称え崇めるものが現れなければならないとの総意に達しました。

まず大地が造られました。そして山々や谷間には林が生え、水の流れが出来ました。
始めに創造主たちは、森の番人として小動物を、山の精として鹿や鳥やピューマやジャガーを、葦草の茂みの番人として蛇やマムシを創りました。しかし神々がその獣たちに「我々の名前を呼び、称えるのだ」と命じた時、それらはただ勝手な叫び声を上げるだけだったので、殺され、犠牲にされ、食べられる運命を担わされることになりました。

創造主たちは再び試みて、今度は人の姿を模り、泥土でその肉を作りました。ところがそれらの言葉は分からず、その上柔らかくてすぐに崩れ、水に溶けてしまうので、神々はそれらを壊してしまいました。

次に創造主たちは、夫婦である神々のイシュピヤコックとイシュムカネーに、木で人の姿を模り目や口を彫り付けて人間を創ったらどうか占うように命じました。「首尾よく出来る」とお告げを得た創造主達は、早速そのように人間を作りました。しかしできた人形達は人間のようにしゃべり地上に住み殖えていきましたが、四足で歩き回るばかりで魂も知恵もなく、称えるべき創造主たちを思い出すこともありませんでした。そのため、神々は彼らに罰を与えることにしました。
その結果、人形達は打ち壊され大洪水に飲み込まれてしまいました。また残りの人形達は獣や棒や石や碾き臼に攻め立てられて、口や顔も潰されてあちこち逃げ惑ったのでした。

そして、彼らの子孫は今も森の中にいるということです。あの人間に似ている猿達は、実は昔々に創造主たちが木で作った人形のその子孫だと言い伝えられているのです。

実はここまでが人間を創るための創造主の試みでした。神々はその創造の過程で、動物から人の形に発展させ、形だけのものから話せて自ら殖えることが出来るようにし、そして漸く本物の人間を創る時を迎えたのでした。神々は「夜の明ける時がやってきた。われらの仕事を成し遂げよう。われらを養いわれらの糧を用意する者たちをこの世に出すべき時がやってきた」と語り、暗闇の中で慎重に相談しました。

その頃、山猫、山犬、オウム、そしてカラスがパシールとカヤラーという地から、とうもろこしの黄色い穂と白い穂を創造主たちの所に持ってきたのでした。パシールにはそのほかにもカカオやサポテなどの実や蜜があり、その豊かな地を見出した神々は大変喜びました。とうもろこしが見出されたので、神々はこれを新しく創造する人間の肉とし血とするよう定めました。

創造神の一柱でもあるイシュムカネーは、この黄色い穂と白い穂のとうもろこしを臼で挽き、9種類の飲み物を造りました。その食料は、神々に創造のための力を与え、人間に筋力と活力を与えるものとなりました。準備が出来た創造主達は、黄色い穂と白い穂のとうもろこしで身体の肉を作り、とうもろこしをこねて腕や脚を形作りました。

神々はこうして4人の男達を創りました。神々が創ったのですから彼らには父も母もなく、最初の人間となりました。彼らは美しく善良な人間でした。この4人は話し、物を見、聞き、歩き回り、物を掴むことが出来ました。そしてこの世の全てを理解するようになったのです。
ところが、偉大な叡智と知識を得た彼らが神々に感謝を捧げた時、神々は喜ぶことが出来ませんでした。そして、「もともと我々が作ったにすぎない者たちが、創成主である我々と同じで良いはずがない」と言って、彼らの眼に霞を吹きかけてしまいました。すると彼らの眼はくもり、ベールがかけられたようになって、近くにあるものしか見えない存在に変わってしまいました。

次に神々は、人間達にこれからも生み殖えていくように、彼らの妻となる女達を注意深く作り上げました。男達は眼を覚ました時、この女達が傍にいるのを見て喜びに満ち溢れました。そして彼女達が小さな部族、大きな部族を産みだし、キチェ族の祖先として後の栄えの基となったのでした。

この神話が残されていたキチェ王国は、スペインからの征服者がアメリカ大陸にやってきた頃、グアテマラ高原西部に存在していました。ユカタン半島では既に古典期や後古典期の諸都市は崩壊し、半島の北部低地にクッチカバルと呼ばれる領主国が飛び地のように点在している時代に入っていました。
キチェ王国は13世紀前半に興り、15世紀半ばには太平洋の海岸低地に進出していましたが、メキシコ中央高原から進出したアステカ王国と競合することになり、1510年からはアステカに婚姻と貢物の献納により、領主権を認知されていました。

1534年、コルテスの命を受けたスペイン軍が征服しに来たとき、キチェの王達は策をめぐらし首都ウタトランに彼らを引き入れ攻撃しようとしましたが、見破られて死刑にされ、首都は焼き払われてしまいました。それを見た貴族や住民達は近くの村チチカステナンゴに移っていったのですが、スペイン人はこの村をサント・トマス・チチカステナンゴと名づけ、宣教師によって住民をキリスト教に改宗していったのです。

キチェの神話『ポポル・ウーフ』は、1554年から1558年の間にスペイン語の読み書きを覚えたキチェ人によって、キチェ語をローマ字表記した形で書かれたものです。『ポポル・ウーフ』はキチェ語で『首長の書』を意味し、現存するマヤ地域の神話としては最古のものです。もちろん、それ以前はアマテの皮紙などに絵文字を使って書き記された数々の絵文書が存在していたのですが、それらはウタトランで焼失した上に、その後のキリスト教の伝道時に、いつまでも邪教を信じていてはいけないと判断した宣教師達によって焼き払われていました。しかし、キチェを始めその頃のマヤの人々は、代々口承によっても彼らの国の歴史や伝説を伝えていたので、『ポポル・ウーフ』もそれを担う人によって書き記され、後の世に残されたのです。

こうして代々伝えられてきた『ポポル・ウーフ』は、18世紀始めにチチカステナンゴの修道院にいたドミニコ会修道士フランシスコ・ヒメネスに見出され、スペイン語に翻訳されました。残念ながら、その後キチェ語の原本は再び行方不明になり、今に至るまで見つかってはいません。一方、ヒメネス神父の翻訳は、現在シカゴのニューベリーライブラリーに保管されています。

『ポポル・ウーフ』の中には、先に紹介した人類創造だけでなく、創造神イシュピックとイシュムカネーの孫達である双子の神、フンアフプーとイシュバランケーが、数々の英雄行為をした後に天に昇って太陽と月になる話、その母がその英雄達を身ごもったのは、好奇心のあまり父の言いつけに背いて、イシュムカネー夫婦の息子の頭がつるされた木に近寄り手に唾をかけられたから、といった興味深い神話や、1550年までのキチェの王の系譜が含まれていて、ナワ語が話されていたアステカ文化圏とはまた違うユニークな物語が展開されているのです。

(E. H.)

この記事を書くにあたっては、メキシコ国立自治大学 哲文学部 文献学研究所 メソアメリカ学修士課程在籍の、池田和歌子さんにアドバイスをいただきました。
挿絵はこの神話を題材にディエゴ・リベラが描いたものを使いました。(『マヤ神話 - ポポル・ヴフ』林屋永吉訳 1971年 中央公論社改訂版より。)
また、この神話「Popol Vuh」は、以前は「ポポル・ブフ」という読みがあてられていましたが、最近の研究から「ポポル・ウーフ」と読まれるのが正しいとされています。

参考文献

『マヤ神話 - ポポル・ヴフ』 A.レシーノス原訳  林屋永吉訳 中央公論社 1971。
大越翼 「ポポル・ウーフ - 先住民マヤの聖なる書」 桜井三枝子 編 『グアテマラを知るための65章』 明石書店 2006 268-271頁。
小林致広 『メソアメリカ世界』 世界思想社 1995。
Chávez, Moisés編El Mundo Antiguo / El Popol Vuh y Otros Textos, SEP, Fernández editores, México 1981。
Abreu Gómez, Emilio, Las Leyendas del Popol Vuh, Espasa-Calpe Mexicana, México 1988。

 


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